g-telephone.com 提供 連載記事:『国際電話の向こう側』
第一回【2001年11月1日】

■ 中国に格安国際電話サービスが見当たらないのは何故か?

中国に進出した外資企業・引っ越してきた外国人が最初にする事は何か?
それは通信手段の確保です。電話を引く事です。
そして今まで全員が気がついた事は何か?
自分の国にはあった格安国際電話サービスの広告がまったく見当たらないという事実!です。
仕方無しに中国電信の一分間8元(約120円)の電話を使います。そのうち無料情報誌で「1分間51円」などという広告を見つけます。しかしよく読むとこれは日本から中国にかけたときだけだと気づきます。
中国から日本はいくらなのか?金額を明示した広告はまったく見つかりません。広告の問い合わせ電話に電話したり、バナーのリンクをたどってようやく昼間3分420円だと分かります。(一分間140円)
中国電信より高い値段を広告に出すわけにはいかないでしょう。

一方、日本でよく見かけたコールバックというサービスも中国にはありません。これは中国が自国の電話会社保護のためにコールバックを認めないとしているからです。このあたりの事情はInternational Telecommunication Union のホームページで読めます。

2001年4月18日現在で同様の国が世界に102ヵ国あります。102ヵ国というと滅茶苦茶多いように聞こえますが、実はほとんどが後進国ばかりです。WTOに加盟しようとする国がこの方針を維持するはずがありません。しかし現時点では認めないというのは事実です。
それではg-telephone.comはなぜ格安なのか?コールバックでもないのに。また、IP電話でもないのに。
【一番多いお問い合わせが「IP電話ですか?」です。安すぎると日本人は疑い深くなります。】
それはUIFNを使うからです。UIFNとは国際フリーダイヤル【Univarsal International Freephone Number】のことです。お客様は一度アメリカの弊社コンピュータに国際フリーダイヤルで電話をかけていただきます。そこで暗証番号を入れると、そのまま国際回線が開く、という仕組みです。
国際フリーダイヤルの料金は弊社が中国に払います。売り上げが立つなら中国もUIFNを使わせてくれるようです。だから弊社は安いのです

次回からもっと突っ込んだお話をさせて戴きます。なお、技術的な話題ばかりで無く、国際電話にまつわる文化の話題も取り上げる予定です。この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。よろしくお付き合い下さい。

次回予定・・・「じゃ、他社もUIFN使えばいいじゃないか?なのになぜ・・・」

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第ニ回【2001年11月10日】

■ 中国のUIFNとは何か?

UIFNとは国際フリーダイヤル【Univarsal International Freephone Number】のことです。
これは世界の電話会社共通の専門用語ですので、世界中で通じます。

私達はヨーロッパから来ましたが、最初に仕事で来た時、中国にはコールバックサービスの広告が全く無い事に気がつきました。
調べると、第一回の記事のとおり中国政府が認めていない事が判明。
ヨーロッパではもうコールバックは滅亡しています。通信の民営化・自由化が進んで価格競争が進み、自国の国際電話会社のほうが安くなったからです。しかし中国ではまだ独占です。FAX一枚を本国に送るのに1ユーロも払っていられません。

通信費は企業にとって無視できない大きな費用項目です。【家庭でも同じですね】
安い国際通信は無いか探しました。

結局、中国には「中国電信より安い方法は無い」ことが分かりました。(IP電話は論外です)
それならば「自分達で作れないか?」
これがg-telephone.comの始まりです。方法はUIFN利用です。これなら中国政府も文句はありません。

「ビジネスのヒントは必要から生まれる」・・・常識ですが、実際はそう簡単ではありません。
UIFNを登録しても、品質がひどいのです。原因は複雑。実際にテストしてひとつずつ解決するしかありません。
やっているうちに思いました。「だからUIFN利用のサービスも誰もやっていないのか・・・」

中国現地企業にもテストを依頼しました。初めは「つながらない」「雑音」「FAXが送れない」否定的な意見ばかり。しかし6ヶ月かかって解決しました。と言っても中国全土でテストは不可能ですが、中国本土-アメリカ間の回線経路が原因の問題はもう無くなったはずです。
【g-telephone.comのサービスは米国にあるコンピュータを経由して提供しています】

こうして2001年サービス開始!自社の通信費は即日半減しました。私達が苦労した分、みなさんが苦労せずに経費を圧縮できる方法はこれです。
中国からのUIFN方式はg-telephone.comしかやっていません。試しにインターネットで検索してみて下さい。
International call, china, direct call, UIFNなどで検索しても、ひとつも見つからないはずです。
【コールバックは見つかるかも知れませんが、中国は認めていません】

UIFN経由の使い方は簡単

1. UIFNに電話する。【電話番号は会員のみにお知らせします】
2. アカウントコードをピポパする。【会員ごとに差し上げます】
3. 相手の電話番号をピポパする。

これで中国で一番安い国際電話がつながります。簡単です。
しかも、アカウントコードさえあればどこからでも、中国以外の旅行先からも使えます。もちろん日本からも使えます。費用は通信料だけです。

宣伝は今回でもう終わりです。次回から国際電話にまつわる文化の話題などを取り上げていきます。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第三回【2001年11月20日】

■ 何故「○○さんいますか?」と言うか?

日本人は電話をかけて相手を呼んでもらう時、「○○さんいらっしゃいますか?」と言います。
これで相手は○○さんを探してくれます。

皆さんは国際電話で外国に電話する時、何と言っていますか?
英語だと「May I speak to Mr. ○○?」と言いますね。これは「○○さんと話したいんだけど話せますか?」です。

何が違うでしょう?

実は、日本語は自分のしたい事を直接的に言わない習慣がここに見られます。一方、英語だと目的をはっきり言わないとコミュニケーションが成り立たないという前提があるように思われます。このことは「文脈文化の違い」として説明できる事です。
言語には低文脈文化の言語(低文脈言語)と高文脈文化の言語(高文脈言語)とがあります。(二分される訳ではなく程度の大小です)

低文脈言語と高文脈言語の特徴は次のようにまとめられます。

  1. 低文脈言語では、伝達される情報は言葉によるメッセージの中にすべて与えられる。
    状況や文脈は情報を伝えないと考えられているので、明示されていないものは伝えていないのと同じである。
  2. 低文脈言語の人々は、非言語行動と文脈の解釈があまり得意でなく、「語られないものは存在しないのと同じ」と考えている。
  3. 高文脈言語では、言葉以外に状況や文脈も意味を伝達するという事をコミュニケーションの前提としている。
    このために、重要な情報が言葉で表現されない時には低文脈言語の人々からしばしば誤解を招き、間違って解釈されたり、
    コミュニケーションへの関心が足りないとか、信憑性に欠けるとか、何かを隠している、狡猾で偽善的だと思われる事さえある。
  4. 高文脈言語の人々は、自分の意図を文脈で伝達できることを期待し、言葉によるコミュニケーションをしないで済ませることさえある。
    高文脈のコミュニケーションにおいては、最も重要な情報が文脈に委ねられ、言葉では一切語られない事まである。

日本語は高文脈言語だとすぐお気付きになるでしょう。米国のように文化的にも言語的にも多様な国では、低文脈言語【英語】は全く異なる背景や言葉や期待を持った人々の間のミスコミュニケーションを避けるのに役立っていることも理解できるでしょう。

日本語と同じつもりで「Is Mr.○○ at the office?」と電話して、「Yes..... Do you want to talk?」と聞かれた経験を持つ人はいませんか。
「電話して、いるかと聞いてるんだから話したいに決まってるだろ」と怒ってはいけません。相手は「すべてを言葉で確認する低文脈文化」なのですから。
このことは、日本人がよく言う「以心伝心」の有無にも関係していきます。【続く】

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第四回【2001年11月30日】

■ 「以心伝心とは相手の心が読めることか?」

相手の考えていることが聞かなくても分かることを「以心伝心」だと答える日本人は少なくないです。
そして、それが日本人のコミュニケーションの特徴だと信じている人も多いです。

本当でしょうか?

国際電話を使う人は、外国の人とお付き合いがある人も多いでしょう。そういう方は、相手の考えていることが聞かなくても分かる事がありませんか?
付き合いが長くなれば、誰でも相手の思考パターンは分かってくるものです。相手が日本人でなくとも同じです。日本人が以心伝心と言う時は同じ文化を背景にした共通の思考パターン或いは慣習に基づいた判断を持っているから同じ日本人の考えが分かりやすいというだけの事であって、日本人が他人の気持ちを察する想像力に優れているというわけではないし、特別なコミュニケーション能力を備えているというわけでもないし、思いやりがあるからでもありません。「○○さん、いますか?」で○○さんと話したいんだなと分かるのは以心伝心ではない。「今度遊びに来て下さい」と電話で言われても本当に来てほしいわけではないと分かるのも以心伝心ではない。

それでは相手の考えていることが聞かなくても分かることを以心伝心と言うのではないとすると、何が以心伝心なんでしょうか?
相手の思考パターンが分かってきても、それでも、「外国人とは以心伝心が無い」と言う人が多くいるのは何故なんでしょうか。

その答えが前回の「言語における文脈文化の違い」です。日本語は高文脈文化の言語だからです。
相手の考えが分かっていない時、たとえばある事が好きか嫌いか分からないときにそれを相手に確認せずに実行してしまってそれが外れた時、反発を食らう、これは当然です。しかし相手の考えが分かっている時でも、それを相手に確認せずに何かをしてしまうときも、その相手が外国人だと反発を食らう事がよくあります。そんなとき、「聞かなくても・言わなくても分かっていると思っていたのに」という期待を裏切られた気持ちから日本人は「外国人には以心伝心が無い」と感じるのではないでしょうか。

つまり、以心伝心とは相手の心が読める特別な技術ではなく、高文脈文化の言語を使用する人の間でのみ成立するコミュニケーションの手段なのです。
肝心な事は言葉にしない。一番大事な用件さえ文脈だけで伝達しようとする。日本人は「愛してる」とちっとも言わない。(とよく言われる。)

コミュニケーションとはただ言葉が喋れれば万事よし、というものではない。電話をとるとき、いつも思う事です。【続く】

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第五回【2001年12月10日】

■ 「東洋と西洋の出会い」

電話で相手を探してもらう時「○○さん、いますか?」と日本語では言います。

中国語ではどうでしょうか?
といいますね。

日本語と同じで、直接的に目的を言わないようです。もしかしたら日本語の言い方がもともと中国語を模倣したものなのかも知れません。これは東洋の言語の特徴なんでしょうか?

伝えたい事をはっきり言葉にしないでコミュニケーションが成り立つ。これはそもそも「言った事=意味する事」である西洋の考え方には馴染まない方法です。このことから「日本人は曖昧だ」とか「いつも何か隠している」などの誤解が生まれるのではないでしょうか。

ラスト・エンペラーという映画がありました。

英国人の家庭教師がエンペラー溥儀と初めて謁見する場面。
溥儀が問う「紳士とはなんだ?」
英国人「Gentleman should always mean what he says.」
溥儀「おまえは紳士か?」
英国人「そう有りたいと心掛けています」

そして英国人は部屋に掛かっている書(漢字)に注目する。
溥儀が説明する。
「お互い問わず語りに相手の心が分かる、と書いてある。孔子と荘子の会話だ。」

これは映画の字幕に出ていた日本語の訳なのですが、溥儀の英語のせりふはこうでした。
「 "I know that you know that I know that you know that." That is a dialogue between 孔子 and 荘子.」

言った言葉には責任を持て、と言ったばかりの西洋人(英国人)は目を丸くしていた。当然でしょう。「何も言わないですべてが通じる」なのだから。

うーん、とこのシーンにしびれた東洋人は私だけではあるまいと思いました。
「東洋と西洋の出会い」を非常にうまくシンボライズしています。
監督がベルトリッチ(西洋人)というのも面白いことです。

上海に来てから、この場面の中国語字幕を初めて見ました。こう書いてありました。


原文のニュアンスを違う言語で伝えるのは難しいことです。【続く】

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第六回【2001年12月20日】

■ 携帯電話の不思議

中国の携帯電話はGSM方式といいます。GSMはGlobal System for Mobile Communicationsの頭文字で、現在世界の主要国はこの方式です。中国もそうです。アジアでは日本と韓国だけが違います。

GSM方式の国一覧 GSM Info Online - Countries/Areas

なぜ日本は独自方式にこだわるのか、という話は賛否両論の立場があるのでここでは取り上げませんが、間違いない事はGSM方式の携帯電話であればGSM方式のどの国に行っても同じその携帯電話がそのままの電話番号で使用できるという事です。これは便利。中国の携帯電話でも、そのままヨーロッパに出張に持っていけます。日本のバカ高い国際携帯電話などをレンタルする必要がありません。

これはローミングという方法を使っているからです。

詳しくはこちら GSM - Frequently Asked Questions

電波が届く範囲は決まっていますが、ヨーロッパで携帯電話を持って移動すると、国を変わるごとに送受信局が変わるのが携帯電話の表示で分かります。(例えば中国電信の電波を受けている時はCHN CT-GSMと表示されているはずです)

すると、ある疑問が湧きます。

「携帯電話を買った時は確かチップを買ってそれを好きな携帯電話機に差し込んだと思うが、じゃあそのチップが電話番号を記憶していて、それを他の携帯電話機に差し込んだらその電話番号も移動するのか?」

正解は、「そのとおり」です。携帯電話機はただの「入れ物」で、機能はチップに書いてあるのです。ここが実は曲者です。

g-telephone.comはUIFN(国際フリーダイヤル)を利用するので、最初にUIFNに電話をかける必要があります。ドイツから持ってきた携帯電話ではUIFNが使えていました。中国でチップだけ買い求めて、同じ携帯電話に差し込みました。同じGSM方式だから何も問題はありません。これでUIFNを使おうとしたら、UIFNに電話がかからないのです!

最初は何故だか分かりませんでした。電話番号は中国になりましたが、電話機は同じです。何故だ・・・。

理由はチップでした。私が中国で買った携帯電話のチップ(プリペイド方式です)には、国際フリーダイヤルに接続する機能が省略されていたのです。00をダイヤルして国際電話はかけられても、00-800とダイヤルすると繋がらないのです。これが、中国でg-telephone.comが使える携帯電話と使えない携帯電話がある理由です。携帯電話をお持ちの方は、契約している電話会社に「この携帯電話からUIFNに電話がかけられますか」と確認してみて下さい。
【続く】

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第七回【2001年12月30日】

■ 21世紀のマーケティング

21世紀最初の1年があと一日で終わりです。
2001年は弊社が初めて中華人民共和国でサービスを開始した記念の年になりました。
奇しくも21世紀最初の年に新しい市場を開拓することになりましたが、ここで改めて21世紀のマーケティングはどうなるかと言う事を少し書いてみたいと思います。

マーケティングとは何か?

日本でこのことを正しく理解している人はまずいません。そもそも日本語で何と言うでしょうか。ぴったりした言葉がありません。市場開拓?違います。

g-telephone.comの母体はマーケティング会社です。自社の通信費節約方法を模索し、結局「自分たちで電話サービスをやったほうが早い」という判断からこのサービスを始めました。(この経緯は第一回・第二回の記事に詳しく書きました)

マーケティングとは「品物をより多く売る事を目的とした諸活動」と説明して間違いではないのですが、それじゃ広告宣伝や飛び込み営業はマーケティングか?というと少し違う。私が説明するとすればこう言います。
「消費者が買いたい物と製造者が売りたい物のズレを埋める技術」

選択枝が無い社会ではマーケティングは不要です。消費者が「買いたい物を迷う自由が無いから」です。
一つの種類しか売っていない市場(車であれ何であれ)ではマーケティングは職業として成立しません。
どういう所でマーケティングが必要になるか?それは「製品の選択枝があるがどれも消費者の買いたい物とぴったり一致していない市場」で初めて必要になるのです。それは資本主義市場ではどこでも当り前の状態の筈です。(日本は少し違います。日本の消費者は自分で欲しい物を選択しませんから)

中国に我々の様なマーケティングの専門家が呼ばれるようになったのは何故か。もうお分かりでしょう。選択の自由が出てきたからです。しかもどんな商品でもすべての消費者の欲しいものと一致する筈がありません。製造を一生懸命やってきた人にはマーケティングはなかなか理解されません。「良い物を作れば買っていただける」という古典的信念や「中国市場はいまだに我社の地方工場ひとつ分でしかない」という規模からの見方が先行してしまいます。

中国という21世紀最大の市場を前にして、マーケティングをどれだけ重視しているか。
新しい手法が必要かどうか。それをどれだけ理解しているか。そこが鍵です。
良い新年をお迎え下さい。【この項続きます】

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第八回【2002年1月10日】

■ 21世紀のマーケティング【続き】

21世紀のマーケティングとは何か?

前回、日本でこのことを正しく理解している人はまずいないと書きました。随分反響がありました。
ここはもう少し説明が必要のようです。

資本主義は基本的に弱肉強食です。競争こそが勝者を選別し、消費者の幸せが実現する。そういう考えです。しかし日本にはそういう仕組みがありません。この事から外部から「日本は閉鎖的」だの「社会主義国」だの批判が続き、この尻馬に載った人達が「自己責任」だの「競争原理」だのと言い始めています。
この流れは果たして正しいのでしょうか?日本にとって、です。

日本では、例えば森永の特濃牛乳というおいしい牛乳はスーパーで売っていません。牛乳屋さんの宅配のみです。何故か?
昔からの牛乳屋さんを保護する為のメーカーの配慮です。こんなことは資本主義市場経済諸国では非常識な反消費者的な行動です。どこでも買えれば価格競争が起こってもっと安くなるはずだからです。しかし、だからこれは「反社会的な悪行」なのでしょうか。資本主義を理解しない国に資本主義の正義を求めてもうまく行かないのではないでしょうか。

また、日本の消費者は、前回「日本は少し違います。日本の消費者は自分で欲しい物を選択しませんから」と書きましたが、これももう少し説明がいります。

日本ほど消費材の選択肢の豊かな国はありません。言い替えれば「何でも売っている」国です。(しかし価格が高い事はここでは触れません)
選択肢がこれだけ多いのに、おおかたの日本人は自分で物を選びません。上司がクラウンだから自分はマークIIです。親戚が就職したから○○生命に加入です。みんなが持ってるからルイ・ヴィトンです。雑誌に載ってたからGショックです。となりが導入したからウィンドウズXPです。従兄弟が勤めているから農協貯金です。東京三菱ならビールはキリンです。

こんな国で資本主義国のマーケティングが通用するはずがありません。米国でMBAを取得してきても戦力にはなりません。

ひるがえって中国はどうか?この国は昔から弱肉強食です。大陸とはそういうものです。信じられるのは家族だけ。当たり前の知恵でしょう。そういう下地の場所に資本主義経済が入ったらどういう事になるか。ここが「日本で分かっている人はいない」という点なのです。

資本主義先進国は21世紀に入ってほころびがはっきり出てきました。競争は消費者を幸せにしなかった。貧富の差を生んだだけだった。平等社会と言われた日本でも階層の違いが徐々に顕在化してきました。クラスがはっきりしてきたのです。中流だと思っていた人達は実は何も持っていなかった事に気がつき始めた。かつての中流は今やリストラに怯える貧乏人たちです。資本主義はゆきづまりではないのか?9.11テロ以来、先進国はみな経済が悪化し、影響の無いのは中国ぐらいのものです。中国にとって2001年は「市場」という切り札の価値がいやが上にも増した年でした。市場の巨大さだけを捉えて、アメリカのように「作れば何でも売れる」と見たらそれは危ういと言わざるを得ない。正統資本主義でもない純粋社会主義でもないこの国にこそ、21世紀のマーケティングという試練が我々を待ち受けている。そう意識しないで中国の市場で生きていく事は不可能に違いありません。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第九回【2002年1月20日】

■ 中国の契約の正体

前回、中国マーケティングについて書きましたが、中国に入ってくる企業が陸続となるなか、マーケティング以前に躓く企業も少なくありません。

その多くは「中国の契約の正体」に対する無理解に起因しています。

日本でこのことを正しく理解している人もまた、まずほとんどいません。日本のみならず、世界中にも少ないでしょう。契約とは、呼び名(契約)そのものは漢字だがその概念はキリスト教から生まれたものであり、日本では中身は解釈次第でどうにでも変わる、という不可思議な存在です。日本人の契約の感覚は西洋とは大違い。中国とも更に大違い。西洋の契約と日本の契約と中国の契約の間にはどうにも埋まらない隔絶があります。

『中国に現地事務所を設立している外国の法律事務所の数は95年までに57にものぼっている』(「NHK中国プロジェクト」日本放送出版協会刊)というのも、外資と中国側との契約のトラブルが絶えないしるしでしょう。上海のイエローページを見ても外国の法律事務所の数は相当なものがあります。

契約が絶対唯一神の宗教概念から発達した、という話はここでは長くなるので割愛しますが(ある程度常識ですし)それでは中国には契約というものが無かったのか?また、日本も違うというなら日本にも契約というものは無かったのか?答えは「あった」とも「無かった」とも言えます。それぞれ独自の文化に基づくものがあった。しかし西洋から生まれた「資本主義的な契約概念」と言うのは日本にも中国にもいまだに無い。中国だけではありません。日本にもありません。(例えば契約時に取り決めた仕様を納期間近に料金追加無しで変更依頼してくるのは日本企業です)

一方で、「中国人は素晴らしい。何億というカネの取り引きでも契約書などいらん。約束は必ず守ってくれる」という実業界の大先輩のお話もよく聞きました。約束は守るが契約は守らないのか?トラブルのほとんどは「中国側に契約を蹂躙された」「中国側の事情変更が理由で計画が立ち行かなくなった」ではないのか? 外国人弁護士の中からは「中国人は契約時には悪い情報は出したがらない」「中国人は問題部分は曖昧にしたがる」「契約が履行できなくなってからの交渉術が中国人の得意とする所だ」という意見も聞かれます。しかしこれはどれも中国に限った事では無い。

中国に限る独特の契約の正体は何か。それは「人のつながり」にあります。契約書なんぞはただの紙切れ(ここは昔の日本にも通じる)。しかし、相手との個人的関係が深く確立されたら、紙切れが無くとも約束は死んでも守る(ここは日本と違う)。このことを深く理解するには中国語のキーワードがあります。それは bangと qingyiです(「小室直樹の中国原論」徳間書店)。この言葉については同僚の中国人と話してみて下さい。きっと合点が行きます。特にの域に達するのは私の経験からも、なることも難しいが維持する事は更に難しい。それは「たとえ相手が悪い方向に落ちて行っても絶対に離れない」事なのです。夫婦のようなものでしょうか。「合弁ビジネスは結婚と同じ。」などと軽々しく論説する経営者もいますが、「上手く行かなければ別れて他の人とやり直せば良い」と思っているようなら、中国との合弁は上手く行かないでしょう。中国人の感覚では契約書は「付き合ってみても良い」というただのしるしです。契約書に書いてある内容はあなたとの人間関係の深さによって、死守したり無視したりされるものなのです。あなたがサラリーマンなら必要の無い話かも知れませんが、経営幹部のひとりなら、このことの理解はあなたの命綱です。弁護士はそんな事は教えてくれません。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第十回【2002年1月30日】

■ G7国に雪は降る

これは1998年の今頃の話です。
******************************
東京は昨日の午後から降雪。いやな予感。

今日、会社の外国人の同僚(以下Sとします)と都内の日本企業へ打ち合わせに行きました。
相手方は全員揃わず、どうしたのかと思ったら
雪で会社に来れず、休んだんだとのこと。

S「おい、どうしたんだ、ダイヤは狂ってるとはいえ電車は走ってるじゃないか」
私「(小声で)家から駅までたどりつけないんだってよ」
S「駅まで出られないって!? 家に閉じこめられているのか?ヨーロッパでは小さな町だって役場が雪かきして
 道路は必ず確保されるんだぞ。役場は雪かきの道具持ってないのか?」
私「関東地方は雪が多くないから、費用対効果を考えると除雪車なんか持てないんだよ」
S「やれやれ、すると東京は五日も雪が続くと餓死者が出るな」
私「五日も雪が降ることは統計的に無いんだよ」
S「メキシコに雪が降る時勢に今までの統計が未来を保証すると思っているのかね」
(注:この年の冬、メキシコで降雪があった)
私「・・・」
S「タイフーンカルチャーは死なずって訳か」
私「なんだい、それ」
S「ライシャワーが言ったんだよ。日本人は来ると分かっているのに備えをしない。ただ過ぎ去るのを待ち、
 過ぎてから、やっと始める。従って被害ははなはだ甚大になり、それでもまた次に同じ行動をとる。
 確か二年前も東京は大雪で大混乱したよな」 更に続けて・・・
S「統計を持ち出すなら、東京に地震が来るほうがよっぽどありそうじゃないか。何で東京から脱出しないんだね?」

帰りの電車の中。夕刊を読んでいる人がいる。

S「おい、あの新聞の見出し、何て書いて有るんだ、読んでくれないか」
私「雪で都心の交通網大混乱」
S「その次は?」
私「東京積雪15センチ、けが人続出」
S「その下は?」
私「雪の中を数十人が線路を歩いて帰宅...」
S「G7にもいろんな国があるもんだな」
私「・・・チクショー(涙)」

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第十一回【2002年2月10日】

■ 先進国とは何か

先進国という日本語があります。これは日本語です。前回G7という用語が出ましたが、G7を先進国と訳しているのは日本です。もともとのGに「先進国」という意味はまったくありません。GはただのグループのGです。

先進国とは何でしょうか?

そもそも日本は先進国でしょうか。
世界にはいろんな国があります。国際電話をかけるのに予約が必要な国。携帯電話が無い国。ホテルからインターネットに接続できない国。アメリカに国際電話をかけるのに一分300円もかかる国。その国の快適さを計る尺度はいろいろあります。しかし、先進国とはすべてにおいて先を進んでいる国の事なのか?

先進国と言う日本語は、日本が欧米に出会った明治時代の考え方がおおもとにあります。確かに何を見ても欧米は日本より先を進んでいた。だから「先進国」だった。追い付く対象だった。それは一本の道だった。その道を速く前へ進む事が日本の希望だった。

そしてそれから100年以上過ぎました。GDPで計れば日本は2位になった。それでは日本は先進国か?

英語では先進国の事を何と言うでしょうか。Advanced countries かとも考えられますが、英語では通常、何を尺度にしているかを明示して Advanced industrialized countries のように言います。つまり先進工業国、です。何が何でも「先進」で括るという考えは英語にはありません。先進国という言葉は日本語だけにあるひとつの幻想に思われます。

中国は後進国でしょうか。中国語を勉強すると、日本がいかに中国の言葉や考え方を輸入してきたかに気づいて改めて驚きます。現代ではもう先生を追い抜いてしまって何も学ぶ事が無いのでしょうか?今にも生きている中国の思想からも何も学ぶ事は無いと思われますか?

家族を大切にし、夜はともに食卓で語らい、週末は笑顔で過ごし、多少の経済上の不自由があっても自由な時間を楽しめる事。老後の心配をしなくても良い事。個人のスペースがいつも持てる事。自然に親しめる環境が身近にある事。

今週、中国は新年ですね。良い休暇をお過ごし下さい。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第十二回【2002年2月20日】

■ 生タマゴ

国際電話と生タマゴと、一体どういう関係があるのかとお思いかも知れませんが、実はあるんです。
国際電話の相手に、こんど「あなたのお国では、タマゴを生で食べますか?」と聞いてみて下さい。

生タマゴは栄養の王様です。完全食品とも言われます。それもそのはず。ヒヨコはこれだけで孵化するのですから充分な栄養が含まれているに違いありません。子供の頃からタマゴ御飯に馴染んだ日本人にとって、タマゴを生で食する事になんの抵抗もありません。

ところが、です。この世界広しと言えど、タマゴを生で食するのは私の知る限り日本と韓国とドイツだけです。欧米人はタマゴを生では決して食べません。何故か?理由は「気持ち悪いから」とか「慣れていないから」とか「そういう料理が無いから」・・・ではありません!
タマゴを生で食べないその理由はただひとつ。曰く「サルモネラ菌がいるから」なんだそうです。

サルモネラ菌がどういうものか、はインターネットで検索していただくとして、とにかくこれにあたったらひどい食中毒症状で入院騒ぎになることは間違いありません。

中国に来た時、中国の人は生タマゴを食べるか?と尋ねてみましたが、食べると答えた人はついにいませんでした。理由は「不潔だから」でした。私の中国語の理解はまだ不十分だったので、もしかすると「不浄だから」という意味の人もいたかもしれません。いずれにしても、食に関してなんでもあると思っていた中国でも生タマゴは食べないようなのです。 (「いや、食べている!」という情報をお持ちの方は是非メイルください) 上海の日本人に人気の食品店に電話して問い合わせた時も、「ウチのタマゴはナマデタベラレマス」と中国人の人が日本語で説明してくれました。生で食べられそうなタマゴをたくさんの日本人が探しているという証左だなと思いました。

それじゃ、みなさん疑問が残るでしょう。「日本のタマゴにはサルモネラ菌がいないのか?」と。

答えは次回。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


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第十三回【2002年3月1日】

■ 生タマゴ【続き】

前回残った疑問はこれでした。「じゃ、日本のタマゴにはサルモネラ菌はいないものなのか?」

日本国外で暮らす日本人には、現地で求めたタマゴを生で食して良いものかどうか、あるいは「タマゴご飯が食べたい」という子供にタマゴご飯を食べさせて良いものかどうか、正しい情報が得られずに困っている方がたくさんいらっしゃるようです。「生で食べられるタマゴ」を探し求め、「あそこは日本人がよく買っているから大丈夫らしい」という不確かながらも希望のともし火を追いかけて買い物に出かけ、食中毒になったという話を聞かない、という実績が続くと「あそこのタマゴは大丈夫」という口コミが広がります。

果たしてタマゴが安心して生で食べられるのは日本だけの事情なのでしょうか。

実はそうではありません。タマゴの中には、もともと菌は一切いないのだそうです。
『卵自身は無菌状態で製造されます。でないと生物の増殖は不可能です。』【生物学専門の知人談】

タマゴは産道を通るときから雑菌が付着するが、タマゴの殻は細菌の侵入に対しては非常に強くできており、中味は幾重にも守られているので雑菌がタマゴの中に入る事は無い。もともと無菌だから、日にちが経ったタマゴが菌の増殖によって腐敗するということも無い。すなわち、古いタマゴは食中毒の危険が高まる、というのはどこの国でも有り得ない事なのです。

そもそもタマゴは保存食でした。藁に一個一個くるんで数珠つなぎに吊るしてあるのを見た事が有りませんか。昔はタマゴは乾物屋で売っていました。問屋はタマゴが品薄になる時期まで何ヶ月も寝かしていたそうです。

一方、殻は衝撃には弱い。そうでないとヒヨコが殻から出て来れません。タマゴが腐るのは、殻にヒビがあってそこから雑菌が侵入する場合以外に原因は考えられません。

養鶏家の篠原一郎さんは私の疑問にこう答えて下さいました。

『先ず健康な卵は無菌であることを人間に例えれば、私達は医者でなくても一般常識として胎児を抱えたお母さんの子宮の中は全くの無菌状態であることを知って居ます。もしそこに血液をとおして菌が入り込むと、菌血症や敗血症といった母体と胎児にとって重篤な状態になることも教えられて居ます。正常な卵の中は、健康なお母さんの子宮の中とまったく同じで幾重にも厳重にガードされて居ます。私の50年の経験のなかで殻に傷のない正常な卵を完全なかたちで保存しておいて腐った例を知りません。ところが殻に傷があったり湿った地面に放置した卵は時間を経て腐ってしまいます。これは殻をとおして腐敗菌が侵入したからでサルモネラなどが混じっているかもしれません。要するに母体である鶏の健康に留意し糞の付着や湿気を防ぎ、殻の傷の有無を調べた健全な卵は、きちんと保存すればお母さんの胎内と同じくらい安全な筈なのです。』

篠原さんはこんなホームページをお持ちです。●●●篠原養鶏場 HomePage●●●
健康なタマゴは絶対腐らず干からびるだけ、とか
地面に放し飼いよりケージの方が清潔、とか
日本のタマゴは出荷時に洗ってある、など、面白い記事がたくさん読めます。

中国にはピータンがありますね。これはタマゴを殻のままニヶ月ほど泥の中に寝かして作るそうです。タマゴは古いとみんな腐るものなら、ピータンは存在しません。タマゴの中にサルモネラ菌がいる、というのも無知なる誤解です。
タマゴは世界中どこでも安全な食べ物です。ヒビが無い事を確かめ、殻を洗ってから割り、割ったらすぐに食べる。『その限りにおいては生卵は自然の摂理から云っても一番安全な食物であると信じています。』【篠原一郎さん談】

私もこの事を調べて以来、世界の何処にいても心置きなく子供にタマゴご飯を食べさせてやれるようになりました。タマゴご飯を食べている時の子供はみんな笑顔です。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第十四回【2002年3月10日】

■ ファックスと漢字

弊社のサービスはもちろんファックスも格安で送信できます。ファックス送信でよく使われるのは地図ですね。

初めて来られる方にファックスで自分の所在地をお知らせする。ファックスのポピュラーな用途のひとつでしょう。

しかしこれは何故でしょうか?

今でこそファックスの無い事務所など世界中に考えられませんが、一番速く普及したのは日本です。メーカーの大部分も日本企業です。日本にはファックス利用のニーズも強かったのか?どうして?

ファックスの普及していない頃、場所を説明するのは電話でした。日本人で道順を上手に説明できる人はなかなかいません。分かりにくい説明をしたあと、最後に「すぐ分かりますよ」と言います。そして、こっちはよく道に迷いました。「説明と違うじゃないか・・・」

これはひとつには日本の住所が場所を特定するのに非常に分かりにくい所為もあります。例えば、英国では道路にすべて名前がついており、住所がボンドストリート、と言えばボンドストリートを歩いて行けば見つかります。ところが東京で「赤坂9-1-2」と言われてどの道路を探せばいいのかはまったく分かりません。ドイツでも「すべての道に」名前がついており、番地は道路の右側と左側で偶数か奇数かに分かれているので、たとえばシュミットシュトラーセ7番地と聞いたらシュミットシュトラーセの右側の4番目の家(1.3.5.7・・・と並んでいるから)、と確実に分かります。【ドイツは家の前の道まで一本一本すべてに名前がついています】
また、ニューヨークならプロック数を数えるだけでたどり着けます。しかし欧米はみんなそうかというと実はそうでもなく、例えばパリだと進むに連れて道の名前がどんどん変わるのでまた別の工夫が必要です。

欧米人に場所を訪ねるとスラスラッと簡単にしかも分かりやすく説明してくれるような気がするのはそういう仕組みの背景もひとつあるでしょう。しかしもうひとつ、日本人が地図をファックスで見たがる大きな理由があるのです。

それは漢字です。(この項続く)

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第十五回【2002年3月20日】

■ ファックスと漢字【続き】

日本人が地図をファックスで見たがる大きな理由、それは漢字。先週はここで終わりました。続きです。

話は飛ぶようですが、外国語を学ぶ時、よく「相手の目を見て話せ」としつこく言われませんでしたか?
日本人は相手の目を見ながら話さない人がよくいます。むしろ、相手の目を見ながら話すのは不躾だ、と怒り出す人もいるそうです。どうして相手の目を見ないで話す人が多いのでしょうか?そう躾けられているからでしょうか。

日本人は何故相手の目を見ながら話さないのか?

これは、いままでどこにも答えが書いてあるのを見た事がありません。それを書きましょう。

「日本人に相手の目を見ながら話さない人が多くいるのは、これは漢字の所為である。」

漢字がアイコンだから、見て理解する脳になっているからなのではないか、と言うのが私の仮説です。『相手の目を見ずに喋るのは失礼だ』と言われても、私は相手の目を見ながら思考することはできません。相手の眼の方向を見ながら、というならできますが、そのとき相手の眼は見ていません。日本人は何かを考えるとき、そこにイメージを作ってそれを見ているか、或いはイメージを見るのと同じ脳の部分を使っているのではないでしょうか。だから、思考の内容とは関係の無い、目の前にある現実の別のものを見てしまうと自分が必要なイメージを見る事ができなくなって思考が止まってしまうのではないか、と思うのです。

『目を見て話せ』と日本人にあまり強要しないで欲しいものです。

そこで話がもとに戻ります。もう論旨はお分かりと思います。日本人は道順をイメージとして、絵として記憶しています。言葉で説明されていても、頭の中で絵を作っています。これはかなり面倒です。だから初めからファックスで絵を送ってほしいのではないでしょうか?

(余談ですが、電話番号も皆さん書いて覚えませんか?中国語で「番号は6269の・・・」と始まるともうだめ。「書いてくれ」、または「ちょっと待って書くから」と必ず私は言います。日本語でも、番号を言われても覚えられません。書いて、そして見て、覚えます。皆さんはどうですか。)

日本語のことを、言語学の鈴木孝夫先生は「テレビ型言語だ」と書いておられます(岩波新書などに著書多数あり)。慶応義塾大学言語文化研究所長まで勤めた方が、なんと分かりやすい言葉でうまく表現したものでしょうか。つまり「聞いて理解する西洋語とは異なり、見て理解する言語だ」という事です。そうなると、中国の人達はどうなんだ?という新しい興味と疑問が湧いてきます。中国の人は地図をファックスで欲しがるものでしょうか?或いは、中国の人も相手の眼を見ないで話す人が多いのでしょうか?

皆さんの経験を聞かせていただければ幸甚です。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第十六回【2002年3月30日】

■ 日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか

前回、「ファックスと漢字」で、日本人はものを考える時に脳の中で映像を作っているのではないか、という仮説を書きました。

これに関係するのかしないのか、今の所よく分かっていない事があるのですが、今回はそれについて書きます。

以前、ドイツで日本についてのテレビドキュメンタリー番組を見た事があります。タイトルは「ka-ro-shi」でした。過労死のことです。
「世の中には、働き過ぎのせいで死んでしまう人がたくさんいる国がある」
これは彼の国の一般の人には信じがたい話でしょう。できれば、そんな事は世界の何処からも無くなって欲しい、日本人だってきっとそう思っています。

この番組の中で、通勤電車の中が画面に写し出されました。乗客の表情がアップになります。
これは日本人ならなんの不思議もない光景ですが、彼等がわざわざ何を撮ろうとしたのかと言うと、「みんな目を閉じている」ということなのです。

「公共の場所で目を閉じる」これは、ある国々の人にとってはとても奇妙な光景のようです。

なぜ公共の場所で目を閉じたら変に思うのか?
同僚や周囲のドイツ人に聞いてみました。
答えはみな一緒で、こういうことです。

「公共の場所で目を閉じるというのは、周囲に関心がありません、と言っているのと同じ。社会の出来事に目をつぶるのと同じ。」
「自分の周囲に何かが起こるかも知れない。誰か助けが必要な人がいるかも知れない。そういう事に気をつけないといけない。」
「日本人が目を閉じているのは日本は海外の事に本当はちっとも関心が無いと言っているのと同じに見える」

そう言えば、ドイツでは病院の待合室でもどこでも、普通日本なら必ずいる「目を閉じて待っている人」というのを全く見かけない。
公園のベンチに座っている老人にしても、目を閉じてジッとしている人は全然いなくて、必ず何かをしている。

公共の場所で目を閉じるのは、なんだか自分勝手な、恥ずかしい行為のように思われてくる。

しかし、なぜ目を閉じてしまうのか?
これは気持ちが安らぐからではないか?
私の場合はそうだ。じゃ、なぜ安らぐ必要があるのだろうか?
長い事不思議に思っていたが、これがファックスと漢字の話に結びつく理由があったのです。【続く】

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第十七回【2002年4月10日】

■ 日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか【続き】

前々回、「ファックスと漢字」で、日本人はものを考える時に脳の中で映像を作っているのではないか、という仮説を書きました。

そして前回は、これに関係するのかしないのか、今の所よく分かっていないが、「日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか」という話でした。

日本人の挨拶に「お疲れさまです」というのがあります。

外国人の同僚によく聞かれました。
「どうして日本人はいつも『疲れる』という言葉を使うんだ?
何かするとすぐ『お疲れさま』と言う。会議に出ても疲れる、人に会っても疲れる、電車に乗っても疲れる、仕事を終わって帰るとき「お疲れさま」で会社が終わり、家に帰って最初の一言が「あー、疲れた」で、奥さんの言葉が「あなた、お疲れさま」。
日本人はそんなに疲れているのか? どうしていつも疲れているのか? いったい、『疲れる』というのは本当はどういう意味なんだ?」

英語圏で暮らした事のある人は経験があるでしょうが、英語では何かを断るときに「Because I'm tired.」というのが理由として通用します。日本で何かを断るとき、「疲れてるから」は通用しないでしょう。会社の宴会を「今日は疲れてるから」と断れますか?これを「疲れてるから」と断れるのは文化の違いだ、と分析した人もいますが、私はこれは文化の違いではなくてtired と「疲れる」の意味が違う、と捕らえるべきではないかと考えています。英語圏の人は、I am tired.とは滅多に言わず、そう言うときはもう日本人だったら疲労の極致ですぐに横になりたいぐらいの状態だと言えます。だから英語の人は日本人か簡単に『ツカレル』と言うのを奇妙に感じるのです。(もっとも日本人は毎日すぐに横になりたいくらい働き過ぎで疲れていて、だから週末はゴロ寝するのだとも言えなくもありませんが)

そこで「日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか」という本題に戻ります。これは「ファックスと漢字」で、日本人はものを考える時に脳の中で映像を作っているのではないか、と書いた仮説とつながるのです。

日本人の脳は「見て考える」働きを毎日使っているため、西洋人のように「聞いて理解する」よりも脳の疲労が激しいのではないか。人間の脳は左脳で言語や論理、右脳で音楽や幾何学的感覚を処理していることは既に知られています。聞いて、論理を組み立てて、言葉で話す、これは基本的に左脳だけで処理できるものです。しかし日本人はこれを両方の脳を使って処理しているのではなかろうか。右脳も左脳も一日中働いていて休む暇が無い。だから目を閉じると疲れが回復してくるのである。【あくまでもこれは私個人の仮説です】

このことの反論としては「二つの脳で処理するより左の脳だけで処理するほうが脳としては疲れるのではないか」という疑問があります。残念ながら、これ以上の知見は私にはありません。何か参考になる本でもありましたら、教えていただければ幸甚です。公共の場所で目を閉じたくなったら、この話を思い出して少し考えてみて下さい。西洋人はしません。

この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。


連載「国際電話の向こう側」

第十八回【2002年4月20日】-最終回-

昨年の11月から半年にわたって連載致しましたが、今回が最終回となりました。

お陰様で中国での契約数は順調に伸びました。この間、地域によっては雑音や声の遅れ、通話中の断線など、様々な障害が発生し、お客様には大変ご迷惑をおかけしました。中華人民共和国では初めての格安国際電話サービスということで、思いも寄らないトラブルに多々遭遇しましたが、半年を経てシステムは順調に稼働するようになりました。

g-telephone.comの通話料金は中国電信の半額以下です。弊社は「ビジネスに使える国際回線」を提供することを目的にサービスを開始しました。自らの要求がこれだったからです。決して安かろう悪かろうではございません。

中国での日本人を対象にしたマーケティングは一段落しました。加入して戴ける日系法人様はほとんど加入戴いたからです。もともと、全中国の日系企業に御利用いただいてもビジネスとしては成り立たない規模です。今後は他国からの企業・家族対象のマーケティングを強化してまいります。

しかし、連載記事の話題でもお分かりのように、日本の方々に興味を持っていただけそうな分野は弊社も引き続き開拓していく積もりです。中国での日本人コミュニティ作りにもお役に立ちたいと考えています。また、弊社の母体はマーケティングコンサルティング企業ですので、その方面でも、日本企業の方々ともお付き合い戴けたら幸甚です。

半年の間、連載記事を読んでいただき、読者の方々には厚くお礼申し上げます。向後の活動については弊社ホームページで御案内して参ります。どうぞ引き続き、g-telephone.comをよろしく御支援戴けますよう、お願い致します。