| 第一回【2001年11月1日】
■ 中国に格安国際電話サービスが見当たらないのは何故か? 中国に進出した外資企業・引っ越してきた外国人が最初にする事は何か? 一方、日本でよく見かけたコールバックというサービスも中国にはありません。これは中国が自国の電話会社保護のためにコールバックを認めないとしているからです。このあたりの事情はInternational Telecommunication Union のホームページで読めます。 2001年4月18日現在で同様の国が世界に102ヵ国あります。102ヵ国というと滅茶苦茶多いように聞こえますが、実はほとんどが後進国ばかりです。WTOに加盟しようとする国がこの方針を維持するはずがありません。しかし現時点では認めないというのは事実です。 次回からもっと突っ込んだお話をさせて戴きます。なお、技術的な話題ばかりで無く、国際電話にまつわる文化の話題も取り上げる予定です。この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。よろしくお付き合い下さい。 次回予定・・・「じゃ、他社もUIFN使えばいいじゃないか?なのになぜ・・・」 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第ニ回【2001年11月10日】 ■ 中国のUIFNとは何か? UIFNとは国際フリーダイヤル【Univarsal International Freephone Number】のことです。 私達はヨーロッパから来ましたが、最初に仕事で来た時、中国にはコールバックサービスの広告が全く無い事に気がつきました。 通信費は企業にとって無視できない大きな費用項目です。【家庭でも同じですね】 結局、中国には「中国電信より安い方法は無い」ことが分かりました。(IP電話は論外です) 「ビジネスのヒントは必要から生まれる」・・・常識ですが、実際はそう簡単ではありません。 中国現地企業にもテストを依頼しました。初めは「つながらない」「雑音」「FAXが送れない」否定的な意見ばかり。しかし6ヶ月かかって解決しました。と言っても中国全土でテストは不可能ですが、中国本土-アメリカ間の回線経路が原因の問題はもう無くなったはずです。 こうして2001年サービス開始!自社の通信費は即日半減しました。私達が苦労した分、みなさんが苦労せずに経費を圧縮できる方法はこれです。 UIFN経由の使い方は簡単。 1. UIFNに電話する。【電話番号は会員のみにお知らせします】 これで中国で一番安い国際電話がつながります。簡単です。 宣伝は今回でもう終わりです。次回から国際電話にまつわる文化の話題などを取り上げていきます。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第三回【2001年11月20日】 ■ 何故「○○さんいますか?」と言うか? 日本人は電話をかけて相手を呼んでもらう時、「○○さんいらっしゃいますか?」と言います。 皆さんは国際電話で外国に電話する時、何と言っていますか? 何が違うでしょう? 実は、日本語は自分のしたい事を直接的に言わない習慣がここに見られます。一方、英語だと目的をはっきり言わないとコミュニケーションが成り立たないという前提があるように思われます。このことは「文脈文化の違い」として説明できる事です。 低文脈言語と高文脈言語の特徴は次のようにまとめられます。
日本語は高文脈言語だとすぐお気付きになるでしょう。米国のように文化的にも言語的にも多様な国では、低文脈言語【英語】は全く異なる背景や言葉や期待を持った人々の間のミスコミュニケーションを避けるのに役立っていることも理解できるでしょう。 日本語と同じつもりで「Is Mr.○○ at the office?」と電話して、「Yes..... Do you want to talk?」と聞かれた経験を持つ人はいませんか。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第四回【2001年11月30日】 ■ 「以心伝心とは相手の心が読めることか?」 相手の考えていることが聞かなくても分かることを「以心伝心」だと答える日本人は少なくないです。 本当でしょうか? 国際電話を使う人は、外国の人とお付き合いがある人も多いでしょう。そういう方は、相手の考えていることが聞かなくても分かる事がありませんか? それでは相手の考えていることが聞かなくても分かることを以心伝心と言うのではないとすると、何が以心伝心なんでしょうか? その答えが前回の「言語における文脈文化の違い」です。日本語は高文脈文化の言語だからです。 つまり、以心伝心とは相手の心が読める特別な技術ではなく、高文脈文化の言語を使用する人の間でのみ成立するコミュニケーションの手段なのです。 コミュニケーションとはただ言葉が喋れれば万事よし、というものではない。電話をとるとき、いつも思う事です。【続く】 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第五回【2001年12月10日】 ■ 「東洋と西洋の出会い」 電話で相手を探してもらう時「○○さん、いますか?」と日本語では言います。 中国語ではどうでしょうか? 日本語と同じで、直接的に目的を言わないようです。もしかしたら日本語の言い方がもともと中国語を模倣したものなのかも知れません。これは東洋の言語の特徴なんでしょうか? 伝えたい事をはっきり言葉にしないでコミュニケーションが成り立つ。これはそもそも「言った事=意味する事」である西洋の考え方には馴染まない方法です。このことから「日本人は曖昧だ」とか「いつも何か隠している」などの誤解が生まれるのではないでしょうか。 ラスト・エンペラーという映画がありました。 英国人の家庭教師がエンペラー溥儀と初めて謁見する場面。 そして英国人は部屋に掛かっている書(漢字)に注目する。 これは映画の字幕に出ていた日本語の訳なのですが、溥儀の英語のせりふはこうでした。 言った言葉には責任を持て、と言ったばかりの西洋人(英国人)は目を丸くしていた。当然でしょう。「何も言わないですべてが通じる」なのだから。 うーん、とこのシーンにしびれた東洋人は私だけではあるまいと思いました。 上海に来てから、この場面の中国語字幕を初めて見ました。こう書いてありました。 「 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 連載「国際電話の向こう側」 第六回【2001年12月20日】 ■ 携帯電話の不思議 中国の携帯電話はGSM方式といいます。GSMはGlobal System for Mobile Communicationsの頭文字で、現在世界の主要国はこの方式です。中国もそうです。アジアでは日本と韓国だけが違います。 GSM方式の国一覧 GSM Info Online - Countries/Areas なぜ日本は独自方式にこだわるのか、という話は賛否両論の立場があるのでここでは取り上げませんが、間違いない事はGSM方式の携帯電話であればGSM方式のどの国に行っても同じその携帯電話がそのままの電話番号で使用できるという事です。これは便利。中国の携帯電話でも、そのままヨーロッパに出張に持っていけます。日本のバカ高い国際携帯電話などをレンタルする必要がありません。 これはローミングという方法を使っているからです。 詳しくはこちら GSM - Frequently Asked Questions 電波が届く範囲は決まっていますが、ヨーロッパで携帯電話を持って移動すると、国を変わるごとに送受信局が変わるのが携帯電話の表示で分かります。(例えば中国電信の電波を受けている時はCHN CT-GSMと表示されているはずです) すると、ある疑問が湧きます。 「携帯電話を買った時は確かチップを買ってそれを好きな携帯電話機に差し込んだと思うが、じゃあそのチップが電話番号を記憶していて、それを他の携帯電話機に差し込んだらその電話番号も移動するのか?」 正解は、「そのとおり」です。携帯電話機はただの「入れ物」で、機能はチップに書いてあるのです。ここが実は曲者です。 g-telephone.comはUIFN(国際フリーダイヤル)を利用するので、最初にUIFNに電話をかける必要があります。ドイツから持ってきた携帯電話ではUIFNが使えていました。中国でチップだけ買い求めて、同じ携帯電話に差し込みました。同じGSM方式だから何も問題はありません。これでUIFNを使おうとしたら、UIFNに電話がかからないのです! 最初は何故だか分かりませんでした。電話番号は中国になりましたが、電話機は同じです。何故だ・・・。 理由はチップでした。私が中国で買った携帯電話のチップ(プリペイド方式です)には、国際フリーダイヤルに接続する機能が省略されていたのです。00をダイヤルして国際電話はかけられても、00-800とダイヤルすると繋がらないのです。これが、中国でg-telephone.comが使える携帯電話と使えない携帯電話がある理由です。携帯電話をお持ちの方は、契約している電話会社に「この携帯電話からUIFNに電話がかけられますか」と確認してみて下さい。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第七回【2001年12月30日】 ■ 21世紀のマーケティング 21世紀最初の1年があと一日で終わりです。 マーケティングとは何か? 日本でこのことを正しく理解している人はまずいません。そもそも日本語で何と言うでしょうか。ぴったりした言葉がありません。市場開拓?違います。 g-telephone.comの母体はマーケティング会社です。自社の通信費節約方法を模索し、結局「自分たちで電話サービスをやったほうが早い」という判断からこのサービスを始めました。(この経緯は第一回・第二回の記事に詳しく書きました) マーケティングとは「品物をより多く売る事を目的とした諸活動」と説明して間違いではないのですが、それじゃ広告宣伝や飛び込み営業はマーケティングか?というと少し違う。私が説明するとすればこう言います。 選択枝が無い社会ではマーケティングは不要です。消費者が「買いたい物を迷う自由が無いから」です。 中国に我々の様なマーケティングの専門家が呼ばれるようになったのは何故か。もうお分かりでしょう。選択の自由が出てきたからです。しかもどんな商品でもすべての消費者の欲しいものと一致する筈がありません。製造を一生懸命やってきた人にはマーケティングはなかなか理解されません。「良い物を作れば買っていただける」という古典的信念や「中国市場はいまだに我社の地方工場ひとつ分でしかない」という規模からの見方が先行してしまいます。 中国という21世紀最大の市場を前にして、マーケティングをどれだけ重視しているか。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第八回【2002年1月10日】 ■ 21世紀のマーケティング【続き】 21世紀のマーケティングとは何か? 前回、日本でこのことを正しく理解している人はまずいないと書きました。随分反響がありました。 資本主義は基本的に弱肉強食です。競争こそが勝者を選別し、消費者の幸せが実現する。そういう考えです。しかし日本にはそういう仕組みがありません。この事から外部から「日本は閉鎖的」だの「社会主義国」だの批判が続き、この尻馬に載った人達が「自己責任」だの「競争原理」だのと言い始めています。 日本では、例えば森永の特濃牛乳というおいしい牛乳はスーパーで売っていません。牛乳屋さんの宅配のみです。何故か? また、日本の消費者は、前回「日本は少し違います。日本の消費者は自分で欲しい物を選択しませんから」と書きましたが、これももう少し説明がいります。 日本ほど消費材の選択肢の豊かな国はありません。言い替えれば「何でも売っている」国です。(しかし価格が高い事はここでは触れません) こんな国で資本主義国のマーケティングが通用するはずがありません。米国でMBAを取得してきても戦力にはなりません。 ひるがえって中国はどうか?この国は昔から弱肉強食です。大陸とはそういうものです。信じられるのは家族だけ。当たり前の知恵でしょう。そういう下地の場所に資本主義経済が入ったらどういう事になるか。ここが「日本で分かっている人はいない」という点なのです。 資本主義先進国は21世紀に入ってほころびがはっきり出てきました。競争は消費者を幸せにしなかった。貧富の差を生んだだけだった。平等社会と言われた日本でも階層の違いが徐々に顕在化してきました。クラスがはっきりしてきたのです。中流だと思っていた人達は実は何も持っていなかった事に気がつき始めた。かつての中流は今やリストラに怯える貧乏人たちです。資本主義はゆきづまりではないのか?9.11テロ以来、先進国はみな経済が悪化し、影響の無いのは中国ぐらいのものです。中国にとって2001年は「市場」という切り札の価値がいやが上にも増した年でした。市場の巨大さだけを捉えて、アメリカのように「作れば何でも売れる」と見たらそれは危ういと言わざるを得ない。正統資本主義でもない純粋社会主義でもないこの国にこそ、21世紀のマーケティングという試練が我々を待ち受けている。そう意識しないで中国の市場で生きていく事は不可能に違いありません。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第九回【2002年1月20日】 ■ 中国の契約の正体 前回、中国マーケティングについて書きましたが、中国に入ってくる企業が陸続となるなか、マーケティング以前に躓く企業も少なくありません。 その多くは「中国の契約の正体」に対する無理解に起因しています。 日本でこのことを正しく理解している人もまた、まずほとんどいません。日本のみならず、世界中にも少ないでしょう。契約とは、呼び名(契約)そのものは漢字だがその概念はキリスト教から生まれたものであり、日本では中身は解釈次第でどうにでも変わる、という不可思議な存在です。日本人の契約の感覚は西洋とは大違い。中国とも更に大違い。西洋の契約と日本の契約と中国の契約の間にはどうにも埋まらない隔絶があります。 『中国に現地事務所を設立している外国の法律事務所の数は95年までに57にものぼっている』(「NHK中国プロジェクト」日本放送出版協会刊)というのも、外資と中国側との契約のトラブルが絶えないしるしでしょう。上海のイエローページを見ても外国の法律事務所の数は相当なものがあります。 契約が絶対唯一神の宗教概念から発達した、という話はここでは長くなるので割愛しますが(ある程度常識ですし)それでは中国には契約というものが無かったのか?また、日本も違うというなら日本にも契約というものは無かったのか?答えは「あった」とも「無かった」とも言えます。それぞれ独自の文化に基づくものがあった。しかし西洋から生まれた「資本主義的な契約概念」と言うのは日本にも中国にもいまだに無い。中国だけではありません。日本にもありません。(例えば契約時に取り決めた仕様を納期間近に料金追加無しで変更依頼してくるのは日本企業です) 一方で、「中国人は素晴らしい。何億というカネの取り引きでも契約書などいらん。約束は必ず守ってくれる」という実業界の大先輩のお話もよく聞きました。約束は守るが契約は守らないのか?トラブルのほとんどは「中国側に契約を蹂躙された」「中国側の事情変更が理由で計画が立ち行かなくなった」ではないのか? 外国人弁護士の中からは「中国人は契約時には悪い情報は出したがらない」「中国人は問題部分は曖昧にしたがる」「契約が履行できなくなってからの交渉術が中国人の得意とする所だ」という意見も聞かれます。しかしこれはどれも中国に限った事では無い。 中国に限る独特の契約の正体は何か。それは「人のつながり」にあります。契約書なんぞはただの紙切れ(ここは昔の日本にも通じる)。しかし、相手との個人的関係が深く確立されたら、紙切れが無くとも約束は死んでも守る(ここは日本と違う)。このことを深く理解するには中国語のキーワードがあります。それは この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十回【2002年1月30日】 ■ G7国に雪は降る これは1998年の今頃の話です。 今日、会社の外国人の同僚(以下Sとします)と都内の日本企業へ打ち合わせに行きました。 S「おい、どうしたんだ、ダイヤは狂ってるとはいえ電車は走ってるじゃないか」 帰りの電車の中。夕刊を読んでいる人がいる。 S「おい、あの新聞の見出し、何て書いて有るんだ、読んでくれないか」 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十一回【2002年2月10日】 ■ 先進国とは何か 先進国という日本語があります。これは日本語です。前回G7という用語が出ましたが、G7を先進国と訳しているのは日本です。もともとのGに「先進国」という意味はまったくありません。GはただのグループのGです。 先進国とは何でしょうか? そもそも日本は先進国でしょうか。 先進国と言う日本語は、日本が欧米に出会った明治時代の考え方がおおもとにあります。確かに何を見ても欧米は日本より先を進んでいた。だから「先進国」だった。追い付く対象だった。それは一本の道だった。その道を速く前へ進む事が日本の希望だった。 そしてそれから100年以上過ぎました。GDPで計れば日本は2位になった。それでは日本は先進国か? 英語では先進国の事を何と言うでしょうか。Advanced countries かとも考えられますが、英語では通常、何を尺度にしているかを明示して Advanced industrialized countries のように言います。つまり先進工業国、です。何が何でも「先進」で括るという考えは英語にはありません。先進国という言葉は日本語だけにあるひとつの幻想に思われます。 中国は後進国でしょうか。中国語を勉強すると、日本がいかに中国の言葉や考え方を輸入してきたかに気づいて改めて驚きます。現代ではもう先生を追い抜いてしまって何も学ぶ事が無いのでしょうか?今にも生きている中国の思想からも何も学ぶ事は無いと思われますか? 家族を大切にし、夜はともに食卓で語らい、週末は笑顔で過ごし、多少の経済上の不自由があっても自由な時間を楽しめる事。老後の心配をしなくても良い事。個人のスペースがいつも持てる事。自然に親しめる環境が身近にある事。 今週、中国は新年ですね。良い休暇をお過ごし下さい。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十二回【2002年2月20日】 ■ 生タマゴ 国際電話と生タマゴと、一体どういう関係があるのかとお思いかも知れませんが、実はあるんです。 生タマゴは栄養の王様です。完全食品とも言われます。それもそのはず。ヒヨコはこれだけで孵化するのですから充分な栄養が含まれているに違いありません。子供の頃からタマゴ御飯に馴染んだ日本人にとって、タマゴを生で食する事になんの抵抗もありません。 ところが、です。この世界広しと言えど、タマゴを生で食するのは私の知る限り日本と韓国とドイツだけです。欧米人はタマゴを生では決して食べません。何故か?理由は「気持ち悪いから」とか「慣れていないから」とか「そういう料理が無いから」・・・ではありません! サルモネラ菌がどういうものか、はインターネットで検索していただくとして、とにかくこれにあたったらひどい食中毒症状で入院騒ぎになることは間違いありません。 中国に来た時、中国の人は生タマゴを食べるか?と尋ねてみましたが、食べると答えた人はついにいませんでした。理由は「不潔だから」でした。私の中国語の理解はまだ不十分だったので、もしかすると「不浄だから」という意味の人もいたかもしれません。いずれにしても、食に関してなんでもあると思っていた中国でも生タマゴは食べないようなのです。 (「いや、食べている!」という情報をお持ちの方は是非メイルください) 上海の日本人に人気の食品店に電話して問い合わせた時も、「ウチのタマゴはナマデタベラレマス」と中国人の人が日本語で説明してくれました。生で食べられそうなタマゴをたくさんの日本人が探しているという証左だなと思いました。 それじゃ、みなさん疑問が残るでしょう。「日本のタマゴにはサルモネラ菌がいないのか?」と。 答えは次回。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十三回【2002年3月1日】 ■ 生タマゴ【続き】 前回残った疑問はこれでした。「じゃ、日本のタマゴにはサルモネラ菌はいないものなのか?」 日本国外で暮らす日本人には、現地で求めたタマゴを生で食して良いものかどうか、あるいは「タマゴご飯が食べたい」という子供にタマゴご飯を食べさせて良いものかどうか、正しい情報が得られずに困っている方がたくさんいらっしゃるようです。「生で食べられるタマゴ」を探し求め、「あそこは日本人がよく買っているから大丈夫らしい」という不確かながらも希望のともし火を追いかけて買い物に出かけ、食中毒になったという話を聞かない、という実績が続くと「あそこのタマゴは大丈夫」という口コミが広がります。 果たしてタマゴが安心して生で食べられるのは日本だけの事情なのでしょうか。 実はそうではありません。タマゴの中には、もともと菌は一切いないのだそうです。 タマゴは産道を通るときから雑菌が付着するが、タマゴの殻は細菌の侵入に対しては非常に強くできており、中味は幾重にも守られているので雑菌がタマゴの中に入る事は無い。もともと無菌だから、日にちが経ったタマゴが菌の増殖によって腐敗するということも無い。すなわち、古いタマゴは食中毒の危険が高まる、というのはどこの国でも有り得ない事なのです。 そもそもタマゴは保存食でした。藁に一個一個くるんで数珠つなぎに吊るしてあるのを見た事が有りませんか。昔はタマゴは乾物屋で売っていました。問屋はタマゴが品薄になる時期まで何ヶ月も寝かしていたそうです。 一方、殻は衝撃には弱い。そうでないとヒヨコが殻から出て来れません。タマゴが腐るのは、殻にヒビがあってそこから雑菌が侵入する場合以外に原因は考えられません。 養鶏家の篠原一郎さんは私の疑問にこう答えて下さいました。 『先ず健康な卵は無菌であることを人間に例えれば、私達は医者でなくても一般常識として胎児を抱えたお母さんの子宮の中は全くの無菌状態であることを知って居ます。もしそこに血液をとおして菌が入り込むと、菌血症や敗血症といった母体と胎児にとって重篤な状態になることも教えられて居ます。正常な卵の中は、健康なお母さんの子宮の中とまったく同じで幾重にも厳重にガードされて居ます。私の50年の経験のなかで殻に傷のない正常な卵を完全なかたちで保存しておいて腐った例を知りません。ところが殻に傷があったり湿った地面に放置した卵は時間を経て腐ってしまいます。これは殻をとおして腐敗菌が侵入したからでサルモネラなどが混じっているかもしれません。要するに母体である鶏の健康に留意し糞の付着や湿気を防ぎ、殻の傷の有無を調べた健全な卵は、きちんと保存すればお母さんの胎内と同じくらい安全な筈なのです。』 篠原さんはこんなホームページをお持ちです。●●●篠原養鶏場 HomePage●●● 中国にはピータンがありますね。これはタマゴを殻のままニヶ月ほど泥の中に寝かして作るそうです。タマゴは古いとみんな腐るものなら、ピータンは存在しません。タマゴの中にサルモネラ菌がいる、というのも無知なる誤解です。 私もこの事を調べて以来、世界の何処にいても心置きなく子供にタマゴご飯を食べさせてやれるようになりました。タマゴご飯を食べている時の子供はみんな笑顔です。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十四回【2002年3月10日】 ■ ファックスと漢字 弊社のサービスはもちろんファックスも格安で送信できます。ファックス送信でよく使われるのは地図ですね。 初めて来られる方にファックスで自分の所在地をお知らせする。ファックスのポピュラーな用途のひとつでしょう。 しかしこれは何故でしょうか? 今でこそファックスの無い事務所など世界中に考えられませんが、一番速く普及したのは日本です。メーカーの大部分も日本企業です。日本にはファックス利用のニーズも強かったのか?どうして? ファックスの普及していない頃、場所を説明するのは電話でした。日本人で道順を上手に説明できる人はなかなかいません。分かりにくい説明をしたあと、最後に「すぐ分かりますよ」と言います。そして、こっちはよく道に迷いました。「説明と違うじゃないか・・・」 これはひとつには日本の住所が場所を特定するのに非常に分かりにくい所為もあります。例えば、英国では道路にすべて名前がついており、住所がボンドストリート、と言えばボンドストリートを歩いて行けば見つかります。ところが東京で「赤坂9-1-2」と言われてどの道路を探せばいいのかはまったく分かりません。ドイツでも「すべての道に」名前がついており、番地は道路の右側と左側で偶数か奇数かに分かれているので、たとえばシュミットシュトラーセ7番地と聞いたらシュミットシュトラーセの右側の4番目の家(1.3.5.7・・・と並んでいるから)、と確実に分かります。【ドイツは家の前の道まで一本一本すべてに名前がついています】 欧米人に場所を訪ねるとスラスラッと簡単にしかも分かりやすく説明してくれるような気がするのはそういう仕組みの背景もひとつあるでしょう。しかしもうひとつ、日本人が地図をファックスで見たがる大きな理由があるのです。 それは漢字です。(この項続く) この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十五回【2002年3月20日】 ■ ファックスと漢字【続き】 日本人が地図をファックスで見たがる大きな理由、それは漢字。先週はここで終わりました。続きです。 話は飛ぶようですが、外国語を学ぶ時、よく「相手の目を見て話せ」としつこく言われませんでしたか? 日本人は何故相手の目を見ながら話さないのか? これは、いままでどこにも答えが書いてあるのを見た事がありません。それを書きましょう。 「日本人に相手の目を見ながら話さない人が多くいるのは、これは漢字の所為である。」 漢字がアイコンだから、見て理解する脳になっているからなのではないか、と言うのが私の仮説です。『相手の目を見ずに喋るのは失礼だ』と言われても、私は相手の目を見ながら思考することはできません。相手の眼の方向を見ながら、というならできますが、そのとき相手の眼は見ていません。日本人は何かを考えるとき、そこにイメージを作ってそれを見ているか、或いはイメージを見るのと同じ脳の部分を使っているのではないでしょうか。だから、思考の内容とは関係の無い、目の前にある現実の別のものを見てしまうと自分が必要なイメージを見る事ができなくなって思考が止まってしまうのではないか、と思うのです。 『目を見て話せ』と日本人にあまり強要しないで欲しいものです。 そこで話がもとに戻ります。もう論旨はお分かりと思います。日本人は道順をイメージとして、絵として記憶しています。言葉で説明されていても、頭の中で絵を作っています。これはかなり面倒です。だから初めからファックスで絵を送ってほしいのではないでしょうか? (余談ですが、電話番号も皆さん書いて覚えませんか?中国語で「番号は6269の・・・」と始まるともうだめ。「書いてくれ」、または「ちょっと待って書くから」と必ず私は言います。日本語でも、番号を言われても覚えられません。書いて、そして見て、覚えます。皆さんはどうですか。) 日本語のことを、言語学の鈴木孝夫先生は「テレビ型言語だ」と書いておられます(岩波新書などに著書多数あり)。慶応義塾大学言語文化研究所長まで勤めた方が、なんと分かりやすい言葉でうまく表現したものでしょうか。つまり「聞いて理解する西洋語とは異なり、見て理解する言語だ」という事です。そうなると、中国の人達はどうなんだ?という新しい興味と疑問が湧いてきます。中国の人は地図をファックスで欲しがるものでしょうか?或いは、中国の人も相手の眼を見ないで話す人が多いのでしょうか? 皆さんの経験を聞かせていただければ幸甚です。 この連載は毎月10日、20日、30日に更新します。 第十六回【2002年3月30日】 ■ 日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか 前回、「ファックスと漢字」で、日本人はものを考える時に脳の中で映像を作っているのではないか、という仮説を書きました。 これに関係するのかしないのか、今の所よく分かっていない事があるのですが、今回はそれについて書きます。以前、ドイツで日本についてのテレビドキュメンタリー番組を見た事があります。タイトルは「ka-ro-shi」でした。過労死のことです。 この番組の中で、通勤電車の中が画面に写し出されました。乗客の表情がアップになります。 「公共の場所で目を閉じる」これは、ある国々の人にとってはとても奇妙な光景のようです。 なぜ公共の場所で目を閉じたら変に思うのか? 「公共の場所で目を閉じるというのは、周囲に関心がありません、と言っているのと同じ。社会の出来事に目をつぶるのと同じ。」 そう言えば、ドイツでは病院の待合室でもどこでも、普通日本なら必ずいる「目を閉じて待っている人」というのを全く見かけない。 しかし、なぜ目を閉じてしまうのか? 連載「国際電話の向こう側」 第十七回【2002年4月10日】 ■ 日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか【続き】 前々回、「ファックスと漢字」で、日本人はものを考える時に脳の中で映像を作っているのではないか、という仮説を書きました。
そして前回は、これに関係するのかしないのか、今の所よく分かっていないが、「日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか」という話でした。
日本人の挨拶に「お疲れさまです」というのがあります。 外国人の同僚によく聞かれました。 英語圏で暮らした事のある人は経験があるでしょうが、英語では何かを断るときに「Because I'm tired.」というのが理由として通用します。日本で何かを断るとき、「疲れてるから」は通用しないでしょう。会社の宴会を「今日は疲れてるから」と断れますか?これを「疲れてるから」と断れるのは文化の違いだ、と分析した人もいますが、私はこれは文化の違いではなくてtired と「疲れる」の意味が違う、と捕らえるべきではないかと考えています。英語圏の人は、I am tired.とは滅多に言わず、そう言うときはもう日本人だったら疲労の極致ですぐに横になりたいぐらいの状態だと言えます。だから英語の人は日本人か簡単に『ツカレル』と言うのを奇妙に感じるのです。(もっとも日本人は毎日すぐに横になりたいくらい働き過ぎで疲れていて、だから週末はゴロ寝するのだとも言えなくもありませんが) そこで「日本人は公共の場所でなぜ目を閉じるのか」という本題に戻ります。これは「ファックスと漢字」で、日本人はものを考える時に脳の中で映像を作っているのではないか、と書いた仮説とつながるのです。 日本人の脳は「見て考える」働きを毎日使っているため、西洋人のように「聞いて理解する」よりも脳の疲労が激しいのではないか。人間の脳は左脳で言語や論理、右脳で音楽や幾何学的感覚を処理していることは既に知られています。聞いて、論理を組み立てて、言葉で話す、これは基本的に左脳だけで処理できるものです。しかし日本人はこれを両方の脳を使って処理しているのではなかろうか。右脳も左脳も一日中働いていて休む暇が無い。だから目を閉じると疲れが回復してくるのである。【あくまでもこれは私個人の仮説です】 このことの反論としては「二つの脳で処理するより左の脳だけで処理するほうが脳としては疲れるのではないか」という疑問があります。残念ながら、これ以上の知見は私にはありません。何か参考になる本でもありましたら、教えていただければ幸甚です。公共の場所で目を閉じたくなったら、この話を思い出して少し考えてみて下さい。西洋人はしません。 第十八回【2002年4月20日】-最終回- 昨年の11月から半年にわたって連載致しましたが、今回が最終回となりました。 お陰様で中国での契約数は順調に伸びました。この間、地域によっては雑音や声の遅れ、通話中の断線など、様々な障害が発生し、お客様には大変ご迷惑をおかけしました。中華人民共和国では初めての格安国際電話サービスということで、思いも寄らないトラブルに多々遭遇しましたが、半年を経てシステムは順調に稼働するようになりました。 g-telephone.comの通話料金は中国電信の半額以下です。弊社は「ビジネスに使える国際回線」を提供することを目的にサービスを開始しました。自らの要求がこれだったからです。決して安かろう悪かろうではございません。 中国での日本人を対象にしたマーケティングは一段落しました。加入して戴ける日系法人様はほとんど加入戴いたからです。もともと、全中国の日系企業に御利用いただいてもビジネスとしては成り立たない規模です。今後は他国からの企業・家族対象のマーケティングを強化してまいります。 しかし、連載記事の話題でもお分かりのように、日本の方々に興味を持っていただけそうな分野は弊社も引き続き開拓していく積もりです。中国での日本人コミュニティ作りにもお役に立ちたいと考えています。また、弊社の母体はマーケティングコンサルティング企業ですので、その方面でも、日本企業の方々ともお付き合い戴けたら幸甚です。 半年の間、連載記事を読んでいただき、読者の方々には厚くお礼申し上げます。向後の活動については弊社ホームページで御案内して参ります。どうぞ引き続き、g-telephone.comをよろしく御支援戴けますよう、お願い致します。 |